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 のだ初・トップページ > コンテスト・トップページ > 「第9回コンテスト」エピソード部門・受賞作品
エピソード部門・受賞作品
エピソード部門は、たまごかけごはんにまつわる思い出・エピソードを募集して、感動・笑いなどを与えてくれた作品に賞を贈ります。
エピソード部門 大賞 受賞者:A.A 様(鹿児島県)
賞品:にわとりオーナー権+観察日記(定期的なたまごのお届け)
『娘3歳のたまご焼き』
私の娘は3歳。今年の4月から幼稚園に行くようになりました。
バスでの登園で、行きたくないと泣きながら幼稚園へ毎日行っていました。帰って来てもあまり笑わなくなりました。
幼稚園では、週に1度お弁当の日があり何とか笑顔で幼稚園に行けるように初めてのお弁当の日に、可愛いお弁当を作り朝から娘に見せ、『これで笑顔で元気にいけるよね?』と言い幼稚園へ行かせました。結局泣きながらでしたが幼稚園から帰って来ると、『ママ、お弁当ねたまご焼きおいしかったの。また作ってね』と、笑顔いっぱい言ってくれました。
一時泣く事が続きましたが、今ではお弁当の日を楽しみにしていてくれているし、元気に行ってくれます。娘の『たまご焼きおいしかったよ』の笑顔が可愛いすぎて、入園してから7カ月お弁当には、他の卵料理は入れず、たまご焼きをかならず入れています(笑)。私にとってあのときの言葉と笑顔は最高に嬉しいものでした。
【コメント】
かわいい娘さんの笑顔が目に浮かびます。これからもおいしいたまご焼きで娘さんがスクスクと育つ事をお祈りしています☆
愛情たっぷりのお母さんのたまご焼きは何よりも美味しかったでしょうね\(^o^)/
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あっぱれ賞 受賞者:K.Y 様(香川県)
賞品:ぶったまごはんセット「笑」(ほほえみ)
『はい!オヤジさん!』
今年4才になった娘が、「はい。オヤジさん(←娘は俺をこう呼ぶ)」とたまごかけごはんを手渡した。
「なんじゃ?これ?」と俺が言うと
「だって、今日オヤジさんの誕生日じゃん」と・・・・。俺、絶句。

「何だ、食えるのか?」と、恥ずかしさのあまり悪態をついてしまった。
だが、娘は「一生懸命、作ったよ」と笑顔だった。
素っ気無い顔しときながら、気になってたまごかけごはんの中身を確認したら ご飯には、鮭フレークでハートが描いてあった。
胸が詰まった。
2450グラムと小さく生まれてきた日のこと、夜中熱を出して夜間診療所に駆け込んだこと 、父の胸に幼い日の娘の姿がよぎる。
あいつ、こんなに大きくなりやがって。
食べたたまごかけごはんの味は、しょっぱい、勿論俺の涙の味だ。
【コメント】
「はい。オヤジさん」と言ってたまごかけごはんを小さな手で差し出す情景が思い浮かびます。
大好きなオヤジさんへ愛情を込めてつくったたまごかけごはんは今までで一番おいしかったのではないでしょうか?
これからも親子の絆のアイテムとしてたまごかけごはんを食べて下さいね☆
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あっぱれ賞 受賞者:S.T 様(熊本県)
賞品:ぶったまごはんセット「笑」(ほほえみ)
『35年前、英雄の雄鶏』
今から35年前、父は知人宅から一羽の雄鶏(ちゃぼ)を貰ってきました。
父は、庭に放して雑草や虫を食べさせた後、しめて食卓に乗せようと考えていました。しかし、雄鶏は貰われてきたその日に姿が見えなくなり、家族では、野良猫やイタチにでも襲われたのだろうと諦めていました。
ところが二日後、私が庭で遊んでいると門から雄鶏が入って来るのを目撃しました。その後ろには、少し大きめの雌鶏がトボトボとついて入ってきました。旅に出た息子がお嫁さんを連れて帰ってきたのです。
つがいになったら食べるわけにはいかず、二羽は納屋に居座り、雌鶏は毎日たまごを産み続け、何度も温めたため、そのつがいからは100羽以上の雛が誕生しました。
当時、父は商売をしており、庭の鶏が増えるに連れて商品が売れていき、私たちの生活が豊かになっていきました。
雄鶏は、身の危険を感じ、子孫を残すことで生き延びようとしたのです。

その末裔も数年前に猛威を振るった鳥インフルエンザの影響で、やむなく処分しまた。ちょうど父が商売を辞めるころでした。食べるはずの雄鶏が私たちの生活を支えてくれました。正に英雄です。
ちなみに、お嫁に来た雌鶏は、どこから来たのか謎だらけです。
【コメント】
不思議な不思議なエピソードです☆末裔が最近までご自宅で飼われていたということにも驚きますが、雌鶏はいったいどこから来たのでしょう? まさに幸せを運んで来てくれたのでしょう。
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あっぱれ賞 受賞者:T.M 様(京都府)
賞品:ぶったまごはんセット「笑」(ほほえみ)
『あったかいたまご』
小学4年生のとき、遠足先でひよこを2羽貰って帰りました。
場所がどこだったのか、何故ひよこを貰えたのかはもう覚えてません。
持って帰ったら母親は当然ながらに驚きおののいていました。
幸い、近所に母親の友人が養鶏場を営んでいたので餌や小さな小屋、ランプなどを借り、育てることになりました。

ひよこのうちはとてもかわいいんです。
でもだんだん大きくなり、鶏になってくると餌をあげようとすれば手首を突っつかれ、足を突っつかれで次第に面倒を見なくなりました。
そんなある日、同じくひよこを持ち帰った同級生が、
「ついに卵産んだぞー」と言ったのです。
僕は慌てました。持ち帰ったひよこは雄雌関係なく渡されているので自分のひよこが雄か雌かがわからない。このまま二羽とも雄だったらと思うと小学生ながらぞっとしました。
そして、全く卵を産む気配がない日々が続いたある日、ついに父が
「この一週間で卵産まんかったら…食べる」と言ったのです。
僕が持ち帰ったひよこを食べるなんてとてもじゃないけどできません。
なんとか頑張って卵を産んでくれと祈るしかありませんでした。

それから3日が経った日、一羽が小さい卵を産み、その翌日の朝には卵が二つ産み落とされていました。結局二羽とも雌だったのです。これでチキンにされずにすむと、僕はホッとしました。
しかし、我が家は5人家族。毎日温かい赤卵を産んでくれてはいたものの二つでは足りません。
結局、道具一式を貸してくれた母親の友人の養鶏場に引き渡すことになりました。
私が初めて飼ったペットでした。産まれたてのあったかい卵はあれからは28年間食べてません。
そう考えると産みたての卵を食べることができたというのはとても貴重で、ありがたいことだったのだと今になって思います。
【コメント】
いのちのありがたさが伝わってくるエピソードでした。産みたてのたまごの温かさを知る人は少ないですが、私たち生産者がしっかりと情報発信をしてたまごは”いのち”だと伝えることが重要だと気付かされました。
これからもニワトリたちが一生懸命産んでくれたたまごをたくさんの方に食べてもらえるように頑張ります!
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