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 のだ初・トップページ > コンテスト・トップページ > 「第7回コンテスト」エピソード部門・受賞作品
エピソード部門・受賞作品
エピソード部門は、たまごかけごはんにまつわる思い出・エピソードを募集して、感動・笑いなどを与えてくれた作品に賞を送ります。
エピソード部門 大賞 受賞者:M.Sさん(兵庫県)
賞品 「にわとりオーナー権+観察日記」
当社直営農場のにわとりのオーナーになっていただき、産み初めから終わりまでのたまごと観察日記を定期的にお届けします。
さっちゃんのたまごかけごはん

五年ほど前、学生時代の友達が集まって十人ほどで女子会をした。会が終わって、そのうちの一人がうちに泊まった。
翌朝、冷蔵庫には卵以外何もないことに気づいた。せっかく泊まってもらったのにろくなもてなしができないなと思いつつ、ご飯を炊いた。
卵焼きにするか目玉焼きにするか、迷いつつ、私はタマゴかけご飯を選んだ。
タマゴに醤油を加え、かき混ぜるだけだ。邪道かも知れないが隠し味に味噌少々と昆布茶一つまみを入れてみた。
これが友達は大いに気に入ってくれたようだった。
「おいしい。こんなにおいしいタマゴかけご飯は初めて食べた」
大げさだとは思ったが、実際私も食べてみて、お酒を飲んだ翌日の胃にしみとおる美味しさだった。
「おいしかったわ」と何度も言いながらその友達は福島へ帰って行った。

今年の三月十一日は、衝撃的な日だった。大地震がその友達の住む東北や関東を襲った。
やっとつながった電話で友達の無事を確認した。
「何かできない?」
私は聞いた。
「大丈夫、大丈夫」
と言っていたが、震災発生から一ヶ月くらいが経った頃、電話口の友達がふと言った。

「さっちゃんのタマゴかけご飯が食べたいな」
「そんなの誰だって簡単に作れるわよ」
「違うの。さっちゃんのがいいの」
そうか。ならば、すぐに行く。
「でも、まだ余震も酷いし、危ないから来ちゃだめだけどね」
でも、行く。
友達の住んでいる郡山は被害が幸いにも軽微な場所であった。正直、原発事故による放射線は怖かったが、私はすぐに新幹線に飛び乗った。
途中、東京駅に隣接したデパートで一番高いタマゴを買った。万が一のために醤油と味噌、それに昆布茶も買い揃えた。
郡山に着いて、友達の家に向かう間、被害は軽微だと思っていたのに、アスファルトの道は波うち、断裂しているところもあった。しかも、余震は想像以上に恐怖感をあおった。
そんな揺れの中、私が作ったタマゴかけご飯を二人で食べた。
友達は泣いていた。
「泣くほど美味しいってことね」
私は、無理に笑顔を作った。
「生きてるんだから何とかなるよね」そう言ってから、友達は最後のタマゴかけご飯をかき込んだ。「日本で一番美味しいタマゴかけご飯だよ、これ」
そして、二人で笑い合った。

【コメント】
一生忘れることのないあの大震災の時にこんなドラマがあったのかとこころを打たれるエピソードでした。お友達を思うM様の想いと、M様によって支えられたご友人。
そこに『たまごかけごはん』があった事にスタッフ一同うれしく思います。
これからも『日本一おいしいたまごかけごはん』をお友達やご家族と楽しんでください!
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あっぱれ賞 受賞者:S.Tさん(宮崎県) 賞品「あっぱれたまご30個入り」
おじいちゃんのたまごかけごはん

たまごかけごはんといえば、思い出すのはおじいちゃんのことです。おじいちゃんはたまごかけごはんが大好きで、毎日朝昼晩たまごかけごはんを食べていました。

おじいちゃんは脳梗塞で左半身がマヒしていたので、食事の用意やお風呂などは両親が世話をしていました。私が中学生の時、おじいちゃんのお昼御飯の用意をして欲しいと両親に頼まれました。両親は仕事が忙し過ぎて、おじいちゃんの世話が出来なくて困っていたのです。私は引き受けることにして、おじいちゃんのたまごかけごはんの作り方を聞きました。それは、卵1個に砂糖を大さじ4杯と塩少々というものでした。簡単なレシピですが私は醤油派だったので驚いて、おじいちゃんのたまごかけごはんは一体どんな味がするのだろうと想像しました。甘い・・・よね?

驚いたことは、もうひとつありました。お昼になって、おじいちゃん用のたまごかけごはんを作り、冷蔵庫にあった刺身と母が作り置きしてくれた味噌汁を温め、お茶を淹れて全部お盆に乗せておじいちゃんに出しました。おじいちゃんがスプーンでたまごかけごはんをすくってひとくち食べた時、「じいちゃん、おいしい?」と聞くと、「うん・・・おいしい」と言って、次の瞬間おじいちゃんが泣き出してしまたのです。そして、溢れてくる涙や鼻水を顔を真っ赤にして堪えながら、何度もおいしいと言って残さず全部食べてくれました。今思えば、おじいちゃんは孫が自分のために食事を用意してくれたことが嬉しかったのだろう。孫の作ったたまごごはんを食べられた幸せを噛みしめていたのだろうと想像できますが、子供だった私は、じいちゃんが泣いた!ご飯を食べながら泣いている!!ということに困惑して、ただただ傍でじいちゃんが食べ終わるのを見守ることしか出来ませんでした。
 
その後、両親が忙しい時は私が食事を用意するという機会が何度もありましたが、そのたびにおじいちゃんはおいしいと言って泣いていました。95歳で天国へ旅立ったおじいちゃんですが、家族の間では「じいちゃんは毎日卵を食べてたから長生きしたんじゃないか」説が浮上しました。卵は栄養が豊富だからと・・・そういえばおじいちゃんは、病気をした割には顔色も良く、年の割には肌艶も良く、頭もしっかりとしていました。卵説は、本当かもしれませんね。

おじいちゃんは、今日も天国で大好きなたまごかけごはんを食べているのでしょうか?いつか私が天国に行っておじいちゃんに逢えたら、またたまごかけごはんを作ってあげたいなと思います。でもその前に・・・私もいつかおばあちゃんになったら、孫が作ってくれるたまごかけごはんを食べてみたいです。きっと、涙が出るほどありがたくておいしいんでしょうね。

【コメント】
おじいちゃんのやさしさ、S様のやさしさが伝わってくるエピソードでした。
お孫さんが作ってくれた”たまごかけごはん”はきっと格別だったのでしょうね☆
甘いたまごかけごはんを一度食べてみたくなりました。
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あっぱれ賞 受賞者:T.Aさん(大阪府) 賞品「あっぱれたまご30個入り」
祖父と母に感謝!たまごパック

私が2歳の頃の出来事です。
父がテーブルを叩いた音にびっくりした私は台所で大鍋からお椀に味噌汁を入れていいた母のもとへ吹っ飛んでゆきました。
まだよちよち歩きの私は、母の足元にしがみつきお味噌汁の入った大鍋に手をかけたのです。
その時!私は全身に熱々のお味噌汁をかぶりました。
大火傷を負い、救急車で運ばれました。
病院で手当てを受け処方薬を持って帰ってきた両親に祖父は言いました。
「病院の薬には油が入っている。
女の子なのに跡が残ってしまっては大変だ。
卵をたくさん買ってきなさい。」
母は買いに走りました。
祖父は「白身だけ器に割りいれ、ガーゼで熱ををとるように全身をパックしなさい。」と言いました。
母は半信半疑のまま言われた通り一晩中そのガーゼが乾かないように
何度何度もガーゼを変えパックし続けたそうです。
食べきれないほどの黄身は家族中で毎日毎日卵かけご飯をしたそうです。
お陰で今私は何の跡形もありません。
それどころか化粧品店で「肌きれいですね。何かされているのですか?」なんて聞かれます。
2歳という年齢で負った傷だからなのか白身のお陰かはっきりわかりませんが私は白身の力を信じています。
そして祖父と母には本当に感謝しています。

父はたまごの黄身を見る度にこの事件を思い出すそうです。
母はずっと責任を感じていたようです。
私は卵かけご飯に黄身を割りいれる時、白身を捨てるのが申し訳なく
思ってしまいます。
そして今は亡き祖父を思いだすのです。

【コメント】
たまごはたくさんの栄養を含んでいるので、完全栄養食品と言われ、アミノ酸などの美容成分と保湿効果もあると言われています。
更にご家族の愛情で跡が残らなかったのだと思います。
いつまでもつるつるお肌でいてくださいね☆
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あっぱれ賞 受賞者:S.Fさん(沖縄県) 賞品「あっぱれたまご30個入り」

どっきどきの一人旅・・・近所のおばあちゃんありがとう!

10歳位の時だった。我が家では10歳位までに1度は一人で東北に住むおばあちゃんの家まで会いに行ってくるのが風習だったので、初めて乗る寝台列車にわくわくしながら、でも降りる駅で寝過ごしたら困る・・と、結局ほとんど眠れずに目的の駅までついた。そしてローカル線に乗り換える。時刻表を見ると次の電車まで1時間以上も待つ。駅のホームには立ち喰い蕎麦屋が美味しそうな匂いを風に乗せていたが、チビの私にはどうにも恰好つかないし、大人にまざりこむ勇気もなかったので、空腹を刺激だけさせていた。

ローカル線も無事に乗り継いで最終目的地の駅へ。次は路線バスに乗って地図を見せれば運転手さんがわかってくれる。なまりの強い運転手さんは、うなずきながらバス亭のない所で、この家裏だと言って降ろしてくれた。あとは表札を見て探せばいいと私の一人旅は空腹のピークとともにゴールに着いたと思った。が、なんとこの集落一体どの表札も同じ姓。ばぁちゃんの顔は覚えてるつもりだったが、だんだん自信がなくなってきた。ばぁちゃんから私の事なら覚えているだろうから、まず運転手さんの言っていた裏の家に行った。「こんにちは〜。文子だよ〜」と玄関から声かけてみた。すると「ひゃ〜まんずまんず〜よぐぎた〜」と嬉しそうにばぁちゃんが出てきた。なんとなく前よりふっくらして見えたが、待っていてくれた所をみると当たりだと一安心した。「はらへってねぇが〜?」とコタツの部屋に行きつく前に聞いてくれた。「もうお腹と背中くっつくよ〜」と言ったらちょっと待ってろと言って土間に行ってしまった。時間的には昼も過ぎて中途半端な時間で何か用意できるのかな?と思っていたら、ばぁちゃんは間もなくしてどんぶりにたっぷりの、まだあたたかいごはんと、まだぬくもりのある卵と醤油をもってきた。「まんずたべれ〜」と目の前で豪快に割りいれて醤油かけてかき混ぜてくれた。もう空腹の私にとってはしみわたるような、この上ないご馳走だった。会話をする間もなくもくもくと最後まで食べ尽くした。ようやく落ち着いて道中の色々な話をし始めるとばぁちゃんは目を細めて「んだか〜んだか〜」とうなずいて聞いていた。

その時、勝手口から「トキさ〜ん」と呼ぶ声。『トキさん?ばぁちゃんの名前は違う・・』いきなり焦り始めた。すると自分のばぁちゃんと思っていたばぁちゃんは返事をしながら勝手口へ向かって行き「あぁ〜ここにきてるよ〜」と?????私は自分のばぁちゃんの家のご近所さんのトキさんの家でたまごかけご飯をご馳走になっていたのだった。旅の最終目的地での大失敗でしたが、この時に、このシチュエーションで食べたあのたまごかけご飯の味が忘れられない思い出になった。間違えて入ってきたとはいえ、何か食べさせてあげたいと思う優しさが心にしみた。美味しい新米と、産み立ての卵の素材をめいっぱい引き出して、それに食べさせてあげたいというもてなしの気持ちのエッセンスが加わって最高のご馳走にしてくれたのだと思う。

【コメント】
10歳の一人旅・・・その旅の最後に人のやさしさに触れたエピソードですね。
ドキドキの緊張感を一気に和らげてくれた”トキさんのたまごかけごはん”おいしそうです!
お腹がすいていたから、という理由だけでなく本当にシチュエーションとやさしさの詰まったたまごかけごはんが伝わる内容でした。
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