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 のだ初・トップページ > コンテスト・トップページ > 「第6回コンテスト」エピソード部門・受賞作品
エピソード部門・受賞作品
エピソード部門は、たまごかけごはんにまつわる思い出・エピソードを募集して、感動・笑いなどを与えてくれた作品に賞を送ります。
エピソード部門 大賞 受賞者:Y.Mさん(静岡県)
賞品 「にわとりオーナー権」
当社直営農場のにわとりのオーナーになっていただき、産み初めから終わりまでのたまごと観察日記を定期的にお届けします。
『ばあちゃんのたまご』

私が小さい頃ばあちゃんちの庭でニワトリを飼っていた。

泊まりに行くと朝ばあちゃんに「ほい!卵をとってこい!」と言われるのがイヤでたまらなかった。

私が卵をとろうとするとニワトリが走ってきて
手や足をくちばしでつつかれて、本当に怖かった。

どうしても取れないでいるとばあちゃんが来て言った。
「ちゃんとニワトリに『卵をもらっていくよ。大事に食べるから怒らんでな』って言って取らんからニワトリが怒るんだぁよ。」

毎回ばあちゃんは「大事に食べるから怒らんでな」と
声を掛けて卵を取っていた。

ばあちゃんが取ってくれた卵にお醤油をたらして
炊き立てのご飯にかけて食べると本当に本当においしくて
体が小さく食がほそくて家族に心配されていた私が何杯でもおかわりできた。

ばぁちゃんの「大事に食べるから怒らんでな」

あの気持ちがきっと卵を何倍にも
美味しくさせていたんじゃないだろうか。

もうばあちゃんは亡くなって、今ではばあちゃんの卵を食べることはできないけど
ばあちゃんから教えてもらった「大事に食べる」の気持ちは
自分の子供や孫へ伝えて行きたいと思う。

【コメント】
おばあちゃんの伝えたかった『感謝の気持ち』。何でも手に入る今だからこそ心に響きました。
お子さんやお孫さんにもぜひ伝えていって下さい。私たちも感謝の気持ちを忘れず、伝えていきます。
食に限らず生きていく上で、とても大事なことを思い出させてくれた作品でした。
ぶったま賞 受賞者:S.Tさん(千葉県) 賞品「宝山窯備前焼 ぶったまごはん碗」
『忘れられないたまごかけごはん』

今でも忘れられない「たまごかけご飯」が僕にはあります。

僕は8人兄弟の7男(一番下は女の子)に生まれました。
僕が生まれる前に水害で川が氾濫し、家が流され2人の兄がなくなり、父は高校2年で病気でなくなりました。
子供が多く、母は農作業をしたり、あちこちで働いて、苦労して僕たち兄弟を育ててくれました。
上の兄たちは中学校を卒業して働きましたが、僕は男の末っ子の男の子ということで、兄達が入学金や学費を出してくれ、
兄弟の中で僕だけ大学に行かせてもらえることになりました。

 上京のとき、母が入学式に出席してくれることになり、2人で東京(母にとっては初めての東京)の僕の借りた3畳一間のアパートに着いた日、田舎からもってきたお米でご飯を炊き、疲れたので、持ってきた卵だけで、2人で卵かけご飯を食べました。
「人に迷惑をかけたらいけん!」
「しっかり勉強せにゃいけん!」
「困ったら、家に電話をちゃんと、とりんしゃいよ」
母の言葉を聞きながら、大学に行かせてくれた兄たちに感謝の気持ちでいっぱいになりながら、食べた「たまごかけご飯」は、少ししょっぱい味がして、心にずっと残っています。

ぶったま賞 受賞者:M.Yさん(静岡県) 賞品「宝山窯備前焼 ぶったまごはん碗」
『母の実家のたまごかけごはん』

小学校に上がる前は食が細く、栄養失調で入退院を繰り返していた。ジュースとガムだけ口にしていたように思う。
そんな状態だから、他所に泊りがけで行くことは食事時が苦痛だった。
せっかく作ってくれたものも箸が付けられない。何故お腹が空かなかったか今考えると不思議でならない。

母の実家に行った時のこと。田舎の百姓家だからもとより珍しいごちそうもない。
たった一つ食指が動いたのがどんぶりに入った卵だった。
一人づつ行き渡らないので、幾つかをまとめて醤油をかけてあった。
言われなければわからないほど、卵の黄より醤油の黒が勝っていた。
しかし、自分でも驚くくらいするする入った。
もう一杯お代りしたかったが、肝心の卵の量が残りわずかだった。
子供心にも全部食べてしまっては申し訳ないようで、周りを気にしながら箸を置いた。が私の食べぷりに気づいたおじさんが、いとこに卵を買いに行くよう言った。食事途中のいとこはいやな顔もせず、鶏農家の生みたての卵を買ってきてくれた。
増えた卵を見て俄然食欲が湧いた私は3膳のご飯を平らげた。周囲も驚く快挙であった。

おそらくその時が食欲に火がついたきっかけではなかったかと思う。
家に帰ってだんだん普通に食べられるようになった。
でも家で食べるたまごかけご飯はあの時ほどはおいしくはなかった。
卵が新鮮だったからか、それとも大人数でどんぶりの卵を分け合ったからか。
今や、一人1個といわず、2個でも3個でも卵が食べられる時代となった。
しかししょうゆで黒くなったあの時のたまごかけご飯の感動は二度と味わえないだろう。

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